この世でいちばんつよいもの


【ブランド物の装飾品は時として富の象徴となる。博多駅・JR九州ホールにて2017年10月撮影】
小異と大同団結の話を先に書いたが、日本で保守系の党派が(分派争いがないとはいえないが)半世紀以上も一大勢力を維持し続けているのは、果たしてどういうわけなのか、ちょっとだけ考えてみた。
つまるところ、『金(カネ)』じゃないか、と思った。
権力を握る人は人間の欲望に一種忠実であり続け、とりわけ貨幣経済の世界で欲望を実現するときにも使われる金を握り続けているのではないか、と思ったのである。
日本で政治権力を握り続けているのは基本的に保守的な男である。
金以外にも、男特有の欲望(明け透けにいえば女に対する支配欲)もまとわりつくのだろうが。

当ブログでは何度も引っ張り出しているが、司馬遼太郎の『人間の集団について』より引用する。
『サイゴン政権(旧南ベトナム)下における政治的正義とは、金である。』(文庫版84ページ)
これは南ベトナムだけとは限らないのかもしれないが、国を動かすためには、人びとの生活のためには、自分の富の多寡や地位を示すためには、今の社会では金が必要な局面が出てくる。思想信条を問わず。
現在のホーチミン市の保育園を見学した、当時現地在住であった医師久保田氏の逸話より。
『(久保田氏の)友人が、子供たちに「世界で一番強いものはなにか」と、きいた。
原爆と答えた子が、一人か二人いた。しかし、他はそろってお金、と答えたそうである。サイゴン(現在のホーチミン市)はそういう世界である。』(文庫版86ページ)
『この世で一番つよいものは金、というのは哲学ではなく保育園児さえ知っている単純な事実なのである。』(文庫版87ページ)
綺麗事だけで権力を奪うことができないだろう、と斜に構え、特に日本の場合には左派やリベラル派を腐し、保守派の半ば永続的な支配を消極的とはいえ支持するのは決して良いことではない。
が、私たち一般庶民は『この世で一番つよいもの』が何かを踏まえて、世の中をみる、政について考える必要があるのではないか。

以下、余談。
NHKで2007年に放映された『ハゲタカ』(原作者:真山仁)というドラマのモノローグより。
『誰かが言った。人生の悲劇は2つしかない。1つは金のない悲劇、そしてもう1つは金のある悲劇。世の中は金だ。金が悲劇を生む。』
このモノローグで始まったドラマ、『この世で一番つよいもの』に翻弄された人間たちを描き出した傑作だと思っている。
どれだけ魅力的な話をしても、どれだけ相手に好かれたり嫌われたりしても、どれだけ伴侶のそばに寄り添っても、金に試されるのが人間なのかもしれない。

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