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公文書と子々孫々への責任:『起居注』はこの国にいるのか

Takehisa Matsuda - Lifelogさん(@matsuda_take)がシェアした投稿 - 2月 5, 2017 at 12:17午前 PST 参考記事: http://www.huffingtonpost.jp/2018/03/02/moritomo-paper_a_23375743/ 司馬遼太郎が、1982年の文藝春秋への寄稿文『中央と地方-- いわゆる都鄙意識について』で、 山上憶良の辞世の句 『士(おのこ) やも空しかるべき万代に語り継ぐべき名は立てずして』 を紹介している。 後世に名を残さないことはなんと空しいことか、 という趣旨のようである。 これを、『当時古代としてはまれな意識』と、中国人、 イギリス人、 アメリカ人と異なり後世をあまり意識しない日本人の特徴とは一線 を画すものだ、と述べている。 『中国の古い本では、 華夷の差というのは後世意識があるかないかということを言ってい ます』 司馬は、中国人の後世意識の文化をあらわす例として、『起居注』 という官職の存在をあげている。 『起居注』は、 メモを持って帝王の側で帝王の言動を朝から晩まで書きとめ、 メモの内容は、いかに帝王が強要しても見せない、 という法慣習があったと司馬は述べている。 『起居注』を『後世にむかって書きつづけるという職』と紹介し、 おそらくフィクションではあろうが、 (唐の太宗)「なぜ古来、 あのメモは君主に見せないことになっているのだろう」 (臣・褚遂良)「 君主に見せるとありのままのことが書けなくなってしまうからです 」 という会話で、『起居注』の存在の根本を表している。 司馬の見解ではあるが、中国人にとって『 後世というものの評価がいかにこわいものであったか』 中国の政治家に『起居注』が『 無形のものとして存在するという意識』があるという指摘は、 将来世代への責任をにじませるものだと思う。 司馬は別著で『 政権というのはそれが成立した当時の原形の性格から離れることが 困難なように思える』と述べているが、日本が『起居注』 というものを、『制度としても意識としても』 導入しなかったところをみると、 日本の体制は8世紀の律令制度の時代から( 封建時代や武士支配の時代は異なる部分があるが) 基本的には変わ...

誰に対する『感謝』だったのか:ピョンチャン五輪日本代表の会見に思う

Takehisa Matsuda - Lifelogさん(@matsuda_take)がシェアした投稿 - 1月 23, 2016 at 7:14午後 PST 筆者も含めて、 近年テレビから遠ざかっている方々が多いとは思うが、それでも、 今回(2017-2018ウインターシーズン) のピョンチャン五輪に対し、日本のメディアは冷淡に見ていたか、 かなり関心が薄かったという印象を持っていた。 近年の当邦のメディアの動向を見ていると、 韓国に対する関心が薄くなっているようにしか思えないのである。 それどころか、『進歩的』 と言われがちな韓国の現政権に冷淡な立場をとっているように見える 当邦の保守勢力 に(いわゆるリベラル系とされるところを含めて)メディアが追従しているように思える。 それが、 いざメダルラッシュともなると盛り上がってきたのは現金なもので ある。 各競技の五輪シーズンにありがちな毎度のことではあるが、 個々の選手たちや代表チームの努力に着目する以上に、『外野』が メダルの獲得に一喜一憂し国の威信をかけているようにみえるので ある。 また、 女子選手の活躍や一挙一動をまるでアイドルグループのそれのよう に扱うという悪癖がみられた。 関心を持つことはいいことだが、 百年一日のようなメディアの取り扱いには閉口させられている。 専門性の高いレガシーメディアやインターネット媒体で、 各種目の現状や各選手の能力、 他国の選手たちの動向にも焦点を合わせた話題、 技術面にも触れた、 目が肥えたファン達を唸らせるような記事がいずれ出てくるであろ う。 だが、五輪開幕までに、世界と日本を相対化するという視点や、 各種目や開催地の魅力・見どころを紹介し、 一人でも多くの人々が五輪でしか見る・ 触れる機会がないかもしれない物事や競技を積極的に取り上げても よかったのではないか。 少なくとも、 NHKの高校野球中継や大河ドラマの中での名勝地紹介程度でいい のだが。 さて、 五輪日本代表は帰国後に羽田空港などで会見を行なったのだが、 筆者は一種の違和感を感じていた。 彼等から口々に「関係者や支援者の皆さまへの感謝」が語られる。 無論、当事者にしか分からない、 感謝してもしきれない感情があるだろうと思うし、 感謝の言葉の真相を詮索するの...

地方と中央 2018 その3 地方を、草の根を、仲間以外を省みない社会運動

Takehisa Matsuda - Lifelogさん(@matsuda_take)がシェアした投稿 - 1月 2, 2018 at 5:48午前 PST 随筆集『歴史と風土』に収録されている、『文藝春秋』 1982年5月号の寄稿文『中央と地方-- いわゆる都鄙意識について』より、改めて考えてみたいことがあった。 スラングで『ほんこれ』という表現がある。 これまでSNSなどを介して筆者は様々な社会運動を見てきたが、 ずっと心の底にモヤモヤしていたものがあった。 そのモヤモヤを、30年以上前のある日の新聞を通じて、 司馬遼太郎が言い当てていたのである。 2018年に読み返して、『ほんこれ』 と何十回と繰り返したくなったのである。 社会運動家や、各SNSの有力・人気アカウントの皆さん、 人気ブロガーの皆さんには、 司馬のこの寄稿を是非ご一読いただきたい。 それでも、九州の片田舎の弱小ブロガーの言うことは、 東京で仲間内で馴れ合って優越感に浸っている連中には多分読んで もらえないだろう。 社会運動がガタガタになって崩壊していくのを黙って見守るしかな い、という虚しさも感じている。 それでも、 これから日本国憲法の改定に向けて各所で繰り広げられるであろう 様々な宣伝への対処、社会運動の一助となれば幸いである。 『反核アッピールにみる都鄙意識』の章より。 司馬がある日の朝見た、「核戦争の危機を訴える文学者の声明」 とその後の会合に関する記事について『 まことに中央構造そのもの』と述べている。 当時署名していた京都や大阪の文学者については、『 たまたまお仲間がいらしたからでしょう』と。 『私などは、新聞を見て中央のそういうイベントを知るのみです。 鄙とは、そういうものです。』 中央と地方の距離感。 司馬はベースが東大阪だったこともあり、 距離感について体感することも多かったのだろう。 例として鮮魚商組合や履物商組合を挙げているが、 商工団体が核廃絶運動に起ちあがるとすれば、 種子島の小さな町の同業の店ですら連絡がいくはずだということを 述べている。 商工団体で連絡洩れ・署名洩れがあれば、 そのこと自体が意味をもちかねない、という。 一人でも、1店舗でも、連絡がこないことが、 どういうことなのか。 連絡が回ってこないことについての想像力については、『...

約束 THE PROMISE - アルメニアのことを少々

Takehisa Matsuda - Lifelogさん(@matsuda_take)がシェアした投稿 - 2月 6, 2018 at 8:42午後 PST 【2018年2月に日本で公開された映画『THE PROMISE』のポスター。JR博多シティにて撮影】 筆者が出身大学で所属していた運動部の後輩に、 アルメニアという、 日本人の大多数にとっては馴染みが薄いかもしれないユーラシア大 陸のど真ん中の地からの、だいぶ歳が離れた留学生がいる。 彼女が以前フェイスブックに投稿し、 折に触れてたびたび触れている件が、 ずっと心の中に引っかかっている。 彼女の出自そのもの、ご家族の人生観の形成、 故郷の存立に極めて重要な影響を与えているものだからだろう。 その件は、 筆者を含む日本人が我が事のように理解できるかどうか分からない が、歴史上重要な事件である。 アルメニア人が1910年代に経験してしまった、 ジェノサイドのことである。 2018年2月に公開された、“THE PROMISE” という映画の公式サイトより引用したい。 この映画は九州では公開が終了しているが、公開から早い時期にたまたま観る事ができた。 見逃した方は、今後のネット配信やDVD等でのリリースをお待ちいただきたい。 http://www.promise-movie.jp/ sp/about/genocide.html 『1915年にオスマン帝国(現在のトルコ共和国) で起こったアルメニア人をめぐる悲劇。“ 20世紀最初のジェノサイド”と呼ばれ、 150万もの人々が犠牲になったオスマン帝国によるアルメニア人 への大量虐殺事件である。』 150万人が犠牲になるということがどういうことなのか、 については、 福岡市の人口がまるまる消されるということを想像してもらいたい 。 『 1915年4月に東部アナトリアの都市ヴァンで発生したアルメニ ア人による暴動をきっかけに、 アルメニア人政治家や知識人など約600人が連行され、 その多くが殺害された。これ以降、 オスマン帝国政府はロシア国境地帯のアルメニア人を居住地域から シリア、イラク方面に強制移送した。拷問と殺戮が繰り返された、 この“死の行進”は、「イスラムの歴史上、類を見ない蛮行」 という証言もあるほどだった。』 『アルメニア共和...

苦海浄土に満ちる愛 石牟礼道子さんの訃報に寄せる殴り書き

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Takehisa Matsuda - Lifelogさん(@matsuda_take)がシェアした投稿 - 2月 9, 2018 at 10:37午後 PST 【八代海。またの名を不知火海。悲劇はここから生まれた。2015年5月1日、水俣病資料館にて撮影】 2018年2月10日、石牟礼道子さんが90歳で亡くなった。 『苦海浄土』 を読んだことがある方はどれだけいらっしゃるだろうか。 ファクション(ファクト+フィクション)という形で、 水俣病が八代海沿岸にもたらした地獄の苦しみ、人々の分断、 そしてあまりにも長すぎる解決(というものがあれば、だが) への道のり、 大きすぎる犠牲を想像させるには充分すぎる傑作である。 その傑作を地方から産み出し、 当事者の方々が世界に自分達の身の上に起こったことを発信するき っかけの一つをつくることに、石牟礼さんは大いに寄与した。 筆者が水俣病のことをSNSで折に触れて扱うようにしたのは、 紺碧の八代海と、 その沿岸に現れた地獄のギャップに小さい頃驚愕し、 絶対おかしい、と思ったことが大きい。 石牟礼さんは、地元の方々やコミュニティのナマの姿に触れ、 ともすれば仲間内で固まり内輪での馴れ合いに堕しがちな東京の文 壇や文化人とは一線を画し、いわば叩き上げで傑作を生み出した、 と筆者は思っている。 もし、筆者がこの『苦海浄土』にBGMをつけろ、と言われたら、 ビョークの”All is full of love”にする。 ミュージックビデオは、 どこかしら頽廃的というか淫靡な雰囲気を醸し出しているが、『 全ては愛に満たされている』という一言が、『苦海浄土』 の行間から滲み出る、八代海の生命体や水俣病の関係者に対する『 愛』に通ずるものがあると勝手に思ったのである。 『苦海浄土』271ページ〜272ページより一部引用したい。 ある患者さんのご家族の会話という形であるが、この部分は、 私達ならば世の中に対する愛というか憎しみというか凡ゆる感情を 溶鉱炉にブチ込んで溶かし込まなければ書けないし理解できないか もしれない。 多分、子供がいれば泣くと思う。 '15年に読んだ時に、 あまりにも強烈な印象を受けた一節である。 この前後も合わせて、一読してほしい。 「神さん...