『水俣曼荼羅』を観て思ったこと

1:本作について


https://www.instagram.com/p/CbHOYzdvEdj/?igshid=YmMyMTA2M2Y=


『ゆきゆきて、神軍』『れいわ一揆』などドキュメンタリー映画を長年制作してきた、原一男さんが20年以上の期間を要して完成させたドキュメンタリー映画である。

原一男さんが登場人物たち(今回は患者さんやその周囲の人達)とつかず離れず現実を忠実に映していくことで、2020年代の今の水俣のありようの断片を窺い知ることができるだろう。


http://docudocu.jp/minamata/#pagetotop



本作は、

・第一部『「病像論」を糾す』

(熊本大学医学部の医師たちの現地調査と2004年の『関西訴訟』が主)

・第二部『時の堆積』

(過去の訴訟の原告団のメンバーである水俣市内在住の方々の人生と、エコパーク水俣周辺の現状など)

・第三部『悶え神』

(患者さんたちの中でもよくメディアに出てくる人達の『素』の姿や、『MINAMATA』にも出てきた『怨』の旗の由来についての石牟礼道子さんの話など)

の3部が各2時間、休憩を挟み計6時間で構成されている。

映画だとだいたい使われているBGMが一切(実際には少し使われているようだが)使われず、患者さんたちのみならず天草の人々や中央政府の官僚や政治家(小池百合子や潮谷義子・元熊本県知事、蒲島郁夫・現熊本県知事)といった人々のナマの姿が出ている。


'21年秋の『MINAMATA』(主演:ジョニー・デップ=ユージン・スミス役)とほぼ同時期に話題になっていたことと、熊本県出身の筆者としては絶対外せない作品だったので、時間を作ってなるべく早く観に行くことに決めていた。 2月(一応KF94マスク着用等のCOVID19対策をとった上で)の空いていた日に熊本市・サクラマチクマモト近くの『denkikan』で鑑賞することとした。


参考書籍として『水俣曼荼羅製作ノート』(皓星社 )があるが、これは映画をご覧いただいた後に手に取っていただくことを勧める。


2:コペルニクス的転回-『「病像論」を糾す』


第一部では、2004年の『関西訴訟』を軸とし、熊本大医学部や不知火海沿岸や関西地区の患者さんたちの実態や過去に保管している標本などから定説を覆す過程が描かれる。


参考リンク(チッソ水俣病関西訴訟)


http://www1.odn.ne.jp/~aah07310/index-j.html


http://www1.odn.ne.jp/~aah07310/news_release/tanaka.html


熊本大学医学部の浴野成生(えきの・しげお)教授と二宮正さんの二人が天草市御所浦で住民を対象とした検診を行ってきたが、その結果が200410月の『関西訴訟』最高裁判決に影響を与えた。

それは、水俣病の『認定審査』の基礎となっている旧環境庁(環境省)が1977年に定め、熊本県が「申請者」の認定に使っている「52年基準」の誤りを判決で指摘したことである。

初期に見られた激しい症状をみせた患者さんたちや動物の異常行動、そして「末梢神経(手足口など)」のダメージが水俣病であるという「定説」が出来上がってしまったが、それに行政も医学界も、そして大多数の人達が乗っかったまま今に至っているとみるべきである。

過去の薬害事件(例;スモン)で見られた事例にとらわれ、実際現地で起きていることが正確に理解されていなかったことが、「多数の認定申請の棄却」(つまり、患者切り捨て)や時々噴出する「ニセ患者(このような言語道断な表現は使いたくないがあえて使う)」問題にもつながっているのである。


末梢神経ではなく脳の特定の部分に深刻なダメージを及ぼしたのが水俣病(有機水銀による障害)だとする浴野さん・二宮さんの研究が適切に政策に反映されていれば、おそらく「患者救済」政策のありようは大きく変貌していたかもしれない。

まさしくこれは『コペルニクス的転回』(コペ転)というべき展開であったはずだった。

が、それは前例主義という元来官僚制が有する性格の否定につながり行政そのものの破綻にも繋がりかねない問題である。となれば、あとは政治の問題であるが、『政治』が動いたという記憶は個人的には薄い。

それは、その後も熊本県が『認定の棄却』を続けていることをみれば明らかである。そして、この国のありようの写し鏡でもある。


この第一部において、浴野さんが現代文明においてかなり重要なことを述べているので要旨を紹介しておく。

「(メチル水銀の影響で)見て聞いたときに相手の話していることがよくわからないということが起こると、将来的にずっとメチル水銀が世界中でふえていくと人と人とのコミュニケーションが非常に難しくなる」

「討論ができなくなって、討論のまとめもできなくなり民主主義が成り立たなくなり、戦争に行く」

「相手のことがわからなく/理解できなくなってくるということが起こるので水銀規制は必要」

「(メチル水銀が脳にダメージを与えても)見た目みんな普通に見える」

メチル水銀が一人ひとりの脳にダメージを与えるだけでなく、現代文明にまで影響を及ぼすという悪夢の『実験場』になってしまったのが不知火海だったということか。


脳へのダメージといえば、2022年の初春頃からCOVID19に関する海外の事例で紹介されているが、どうもこの点が水俣病の症状と似ているのではないか、と思った。


3:今そこにあるリアル-『時の堆積』

患者団体・原告団の人々などをはじめとした水俣で長年暮らしている人々や、水俣湾で起きていることを描いたのが第二部『時の堆積』である。


脳梗塞に倒れた父の看病の為東京から水俣に移住した漁師・生駒秀夫さん(小児性水俣病患者)の少年期からの生い立ち、周囲そして生駒さんご本人に起きた異変について、ビナ(熊本県天草葦北地方の沿岸で採れる小型の巻貝)などに象徴される豊かだった海産物が多く食されてきた記憶を交えて語られる。

生駒さんの症状は当時の記録映像にも残されていた。

生駒さんの発症は15歳の頃であったが、ある日卓球中に突然視界が狭まったり、かき氷を口元までまともに持っていけなくなるといった症状が急に出たという。

制作クルーも投宿していた湯の鶴温泉で、妻の幸枝さんとの馴れ初め・結婚時のエピソードを語る生駒さんや、結婚時の仲人だった川上敏行さんは、皮肉なことに加害企業となってしまったチッソ(現JNCグループ)の関連会社に長く勤めることとなった。

関連会社の退職後、生駒さんは漁師となった。

症状が残るも相当なトレーニングを経て漁船を操縦できるスキルを身につけ、時には海に飛び込み水泳できるほどになった。


ある日、二宮医師と原さんはスーツや酸素タンク、水中撮影用カメラなどのスクーバダイビング用の器材を身にまとい水俣湾に潜り、ヘドロを封印するために作られ1990年に埋立が完了した埋立地(エコパーク水俣)の護岸の現状を撮影し海底の泥を採集した。

護岸には護岸の鋼鉄製の矢板の腐食防止のためのアルミニウム合金が取り付けられていたが、耐用年数とされた30年を経過しボロボロになっていた。


取材クルーは後日熊本県環境センターを訪ねる。その時の藤木館長の声(要旨)を紹介しておく。

(Q:管理する入れ物が壊れたらどうするのということになるのか)

「もう大丈夫です。出ません。レベルが低くなっていますから。倒れても海面と同じレベルですから、外に出っこないんです。」

このような『大丈夫』という言い回し、どこかで似たようなことがなかったか。

福島第一原発事故の顛末、そして、そこに至るまでの流れをきちんと観察した人だと、藤木館長について間違いなく『アホちゃうか』と思うだろう。

また、金田一充章さん(水銀分析研究者)の手元にある水俣湾の魚の分析結果などを受けて、

二宮医師は

「今の世代が終わっても、次の世代になっても、人が死んでも水銀は残っていく」と語る。


2009年『水俣病特措法』成立後患者さんが和解する事例が相次いだが、一時金支給と療養費支給などの措置と引き換えに「終わったこと」にされる側面があり、患者団体の内部が一枚岩になるとは限らなかった。

『不知火患者会』(最大の被害者団体)も例外ではなかった。

この第二部では、長期化した訴訟の行く末と、症状が残りつづける患者さんたちの姿、熊本県による原告団の一部への突然の認定による訴訟終結(いわば火消し)への動きが取り上げられている。


前出の浴野教授が、第二部の中に収録されているインタビューで胎児性水俣病について説明している。

「多くの胎児性患者は、普通は後ろに引っ込んじゃうが、今の胎児性患者さん達は結構人間好き」

「(脳の)弱い細胞からやられると情報が入っても処理できないからすぐ怒り出す」

「彼らが家族と会ったときに、非常にアグレッシブ」

「自分の中で怒りなどを整理できない」

などなど。

特に、本質的に重要なのは

「水俣病の怖いところは人間が人間たるゆえんのところ(大脳皮質)が最初にやられるということ」

という部分ではなかろうか。

公害病に限らず、『人間たるゆえんのところ』が破壊されることがどれだけ残酷なのか、それは当事者が身を挺して訴えてきてようやく世の中に知られてきた。



諫山茂さん(水俣病互助会会長、ディズニー作品がとても好きな娘の孝子さんが胎児性水俣病患者)の、原一男さんとの会話に、公害訴訟というものの、いや、この国における『お上』の本質が出てくる。

「(国にけんかを売って60年になりますね、との問いに)けんかするもんじゃなかちってもですよ、けんかせんでもってとして考えてみてくださいよ。そら、水俣病の患者はもう哀れなもんですよ、けんかせずに、現在、ここまで来たとするなら。あれだけけんかしてやってきて、これぐらいですから、けんかせずにおってみたら、そらもう、もう、口じゃ言わならんぐらいの哀れさですよ」

「水俣病に被害した人たちも、ほとんど諦めの状態じゃなかんですかね

日本政府の姿を、はっきり私ら見たような感じがしますよね。幾ら政治家が口先でどうのこうの言ってもですよ、私たちはこの目ではっきりと、行政のあれを、日本の政府のあれを、はっきり、この目で見せてもらったような感じがします。頼りになる政府じゃありません。」

と語った諫山さん。


諫山さんは長年の訴訟を通じて『この国のかたち』を露骨にまで目の当たりにしてきたが、2020年代の今、私たちは諫山さんと同じ視点で(「頼りになる政府じゃない」と)この国を見る必要に迫られているとは思わないだろうか。


4:ありのままに-『悶え神』


第三部『悶え神』では、まず坂本しのぶさん(胎児性患者)のプライベートについて、徳富一敏さん(おれんじ館館長)や辻尚宏さん(新聞記者)、柏木敏治さん(シンガーソングライター)を中心にして語られていく。

ニュース映像や過去のドキュメンタリー番組などでは、私たちにはおそらく想像がつかないほど血の滲むような(という言葉でしか想像できない)機能訓練を長年重ねてきた坂本さんの物申す姿を目にすることが多かったが、周囲の人々の「恋多き女性」との評価をきくことは恐らくなかっただろう。

ご本人が歌詞を書いた歌が第三部の中で披露されているが「もし水俣病じゃなかったら」というくだりは、私たちが坂本さんをはじめとする不知火海沿岸の人たちに何かロクでもない役割を押し付けてきたのではないか、という疑問を各々に投げかけてくるようであった。

あけすけにいえば、坂本さんや前出の緒方さんのような方々に『アイコン』の役割(時には汚れ仕事的ななにか)をやらせてきたのは私たちだったんじゃないか、と思った。


続いて、前出の生駒さんの葛藤が描かれている。

生駒さんは浴野教授の調査に協力していたものの、ご自身の中で抱えていた違和感を吐露すしている。

それは「ランクを上げる・ランクが下がる」という表現で語っている。

浴野さんは後世に・全世界にむけてこの水俣病の記録を残そうと東奔西走しているが、患者さんたちの中で「違和感」があったのも事実だとして映像として記録さてれいることは重い現実である。

よかれと思って取る行動が当事者の感情と乖離することは往々にしてあるが、その典型例として見ておく必要がある。


2013416日。『溝口訴訟※』最高裁判決。

1974年に溝口チエさん(故人)が患者認定を申請したものの21年間申請手続が放置され、ご子息の秋生さんが已む無く起こした訴訟。原告勝訴で終結。


参考リンク

http://mizoguchisaiban.o.oo7.jp


東京都内の報告集会の席上、二宮医師は

「(メチル水銀中毒で受ける感覚のダメージについて)うまい飯をつくっても、うまいかどうかが何か不安定でようわからんの。××××(※ブログ主側で伏せ字)して感じるかも何かようわからんの」

「裁判勝っても負けてもどうでもいいの……嫌なの、そういう感覚(例えば味覚)がなくなるちゅうのが」

と、酒が入った状態だったが、人間の持つ感覚が公害病の被害で奪われることの本質を突く話をしていた。

この二宮さんの話は、現在進行中のCOVID19の後遺症でも似たような話が出ていることを踏まえると、公害病の関係者でなくてもより重みをもって受け止められるべきだろう。


緒方正美さんと天皇(明仁現上皇)・皇后(美智子現上皇后)の面会について。

緒方さん「水俣病がまだ終わっていないその現実を、やはり天皇陛下に直接患者として伝える、それが最大の目的だったんですね」

ただ、私は当日の朝まで相当迷いがあったんですけども、石牟礼道子さんから一本の電話があったことで、私は自分がしようとしていることは決して間違っていないというふうに確信して、腹をくくりました」

「天皇陛下は、身を乗り出し私の目をしっかり見られて、本当に目をそらすことなく聞いてくれましたね。同じ人間があれほどの雰囲気がつくれるのかなとも思ったんですね。オーラなのかなと思うんですよね。ずっと遠くの時代の先祖と会ったというような、そんな感じもしましたね」


現行憲法における天皇の『日本国の象徴』としての役割に忠実であり、おそらく日本国の中で最も日本国憲法の『天皇』の章を体現してきた明仁親王(現上皇)について、緒方さんが述べた『ずっと遠くの時代の先祖』という独特のオーラが、時には人々を惹きつけ、帰依させ、また、人を沈黙させる役割も果たしてきたと言えなくはなかろうか(例:退位にまつわる動きや諸法令の扱いについての議論)。


石牟礼道子さんへの取材。

「許し」について原監督からの問いに答える中で、映画『MINAMATA(主演:ジョニー・デップ)』にも登場した黒地に白文字の『怨』の旗についての話が出ている。


「怨の字の、怨の旗をつくったりしましたけれど、それで栄子(杉本栄子さん)がどうしても赦せんって言うて。どうしても赦せんっていうことが人間の世界にあっていいものか。人を憎めば苦しかろう。苦しかじゃろう。苦しか。そしたら、赦せば苦しゅうなかごんなるよって。よくよくの苦悩の果てだろうと思います。」

ーーー怨みはどこへ。どうすりゃいいでしょう?

「(幼少期に親に寺へ連れて行かれた記憶より)そこで煩悩をどうするか。煩悩があるって、人間には、外に出すか、内にため込むか。理屈じゃわかるけど、煩悩が残る。その残った煩悩をどうするか。打ち殺して、刺し殺して、自分も死ぬのかと思うでしょう。ところが、なかなかできないんですよね。それで、『怨』の旗を考えつきました。」


石牟礼さんは、究極的には自分の言葉で物事を語り継ごうとしてきた『幻視家(ビジョナリー)』的な雰囲気があると、『苦海浄土』を読んだ時から感じている。

ちなみに、『幻視家』というものについては、司馬遼太郎が『街道をゆく』シリーズのアイルランド編で触れているので、合わせてご参照いただきたい。

筆者の見立ては司馬の見立てを参考にしている。


5:曼荼羅


「水俣病裁判が原告だ被告だと対立しているようでも、実は互いにごく身近な間柄という面も持っていることを語っている」

「もともとは義理人情で仲間づきあいをしていた面もあって単に敵味方で割りきれないことを教えてくれる」

「この町(水俣)はチッソがその多くを支配する町なのだから」-佐藤忠男さん


「水俣病を描いた運動の映画には、初夜の話とか、初恋に破れた人の話なんて、まず出てきません。行政や権力側が本質的に解決を図ろうとしない状況下で長く生きてくると、人間性が徐々に歪んで、その歪さが感情の中に出てくる、と思っています。」-原一男さん


このおふたりのコメントが、公害病(とくに地方の漁村だった街の出来事)についての鍵ではなかろうか。


かたや、

『判決の正本が届いてから

とか

『法定受託事務※なので

(※地方自治法に基づく、国から地方自治体に委託される事務。行政法をかじったことがある人だとピンとくる制度である。)

と、一見滑稽・冷血・官僚的で、患者さんたちやその周囲の人達からみれば『敵』の立場にいる、環境大臣や環境省の『キャリア』や潮谷義子・蒲島郁夫両熊本県知事の繰り出す言動や振る舞いに多くの人々は呆れ、憤り、罵詈雑言を投げつけたくなるだろうし、それが自然な反応かもしれない。

だが、自分(ブログ主)が逆に『官』の側にいたら、自分の受け持つ仕事(所掌事務)から外れることを言ったり出来たりするだろうか、そして、己の限界と現実のギャップに苛まれて崩壊するんじゃないかと恐ろしくなった。


先にJR宝塚線の脱線事故をテーマとした『軌道』(松本創さん著)を再読したが、そこで出てきたJR西日本と、今回出てきたチッソ・熊本県・環境省の違いはなんなのか、と思わずにはいられなかった。

425ネットワーク』のような組織(といってもガチガチの組織ではないが)が出来たことは極めて稀なことであり、もし、水俣に425ネットワークのような組織ができていたら、ということも一瞬考えた。

自分としては、JR西は大都市圏の人々の生活にも関わる組織であり、あの事故は他人事ではないとみたひとが多かったのかもしれないが、逆にチッソ水俣工場は『辺境の地』の存在かつ天草葦北地方の人々は『辺境の人々』であり、チッソの製品と生活の関わりが深いということを意識しないゆえ『他人事』として切り捨ててきたことも大きいのかな、と思ったのである。


気がかりなことがふたつある。


ひとつめ。

水俣病事件などの公害に限らないが、社会問題に対して物申す人々に対して、日本人は冷淡であり続けていることが気がかりである。

弱いものは片隅で縮こまって大人しくしていればいい、『本当に困っている人』は俺たちが決め、俺たちが施すものを黙って/ありがたく頂戴していればいい、俺たちに物申すのは怪しからん、文句があれば偉くなればいい、それが嫌なら潰されるのを覚悟しろ

日本人の人権観や社会保障・福祉に関する視点は、エリザベス救貧法(参考リンク http://www.y-history.net/appendix/wh0904-065_1.html )時代の英国人と変わるところはなく、江戸時代から変化していないのではないか、そうみている。

騙し合いや弱肉強食が世の常と思っている、そして、このような『曼荼羅』絵図でさえ、(ましてジョニー・デップが『MINAMATA』として映画界にこの事件を世に出したにもかかわらず)『感動ポルノ』として消費しておしまいにしがちな日本人に、水俣の人びとの苦悩をどうやって伝えるか、多くの人はその術を持たないのが現実である。

また、生駒さんと浴野さんのやり取りを振り返るうちに、かつて安丸良夫が「日本の近代化と民衆思想」で述べた

『民衆的諸思想に共通する強烈な精神主義』

『強烈な自己鍛練にむけて人々を動機づけたが、そのためにかえってすべての困難が、自己変革――自己鍛練によって解決しうるかのような幻想をうみだした。』

というくだりを思い出したのである。

生駒さんの生き様は、まさに安丸の述べた『強烈な精神主義』の体現ではないだろうか。

そして、この『精神主義』が、水俣病事件だけでなく、日本社会の諸問題の解決や日本社会の発展・成熟化の妨げではないか。

少なくともバブル後就職氷河期〜小泉改革〜リーマンショックの時期にその片鱗が見えていた『普通の日本人』の弱者への価値観が今般のパンデミックでいよいよ明らかになったが、ざっといえばこのようなものである。

長年このような価値観・政策を支持してきたのは紛うことなく『普通の日本人』であり、2022年の日本の国会における政党の議席数はまさしく『国民の写し鏡』である。

少なくともコペルニクス的転回がなければ、このような基本方針は変わることはないが、蟷螂の斧的にブログやソーシャルメディアで書き連ね、映画やテレビ番組などのドキュメンタリーで映像として残していくべきである。


ふたつめ。

当事者だったはずの患者団体の中で『そろそろ終わりにしよう』という『空気』が出来上がりつつあることが本作の中でもうかがうことができるが、

『とっくの昔に終わったこと』

『今頃蒸し返してどうするんだ』

『寝た子を起こすな』

『水に流したじゃないか』

という嫌な雰囲気が『外野』にあるように思えてくることである。

当事者の方々が、例えば杉本栄子さんのような境地に至ったうえで個人として『終わり』にするのは『アリ』だろう。

だが、日本政府・熊本県・チッソのみならず『外野』が『終わったことじゃないか』という粗雑で乱暴な形で当事者の方々の口を封じようとすることには断固として『否』を突きつけるべきである。


現代社会にある物事は適宜アップデートが必要である(例:皆さまのお手元の携帯電話やパソコン、皆様方の知識)が『救済』制度も例外でないはずだ。

アップデートが必要であれば、当事者の方々の要望を踏まえるべきだし、バグがあればバグ取りが必要だろう。

そこで対応を誤れば、行政事件訴訟になることもある。

度々起こされる訴訟は、その観点から見るべきもののはずだ。

決して『寝た子を起こす』ものではない。


そして、皇室について。

チッソの創業家・江頭家が現在の皇室とも血縁関係があるという話は有名だが、『日本国の象徴』という役割を否応なく引き受ける皇室が被害者の方々と直接面会したのは大きなインパクトがあっただろう。

ここでは諸説あるということにしておくが、第二次大戦時の日本の意思決定について、何かしらの責任というか、関与してしまった/指導者的役割を担ってしまったことの負の側面がつきまとってきた皇室は、現行憲法体制において一種の『神輿』というか『御神体』的役割を担っているように見える。

緒方さんたちが皇室と向き合うことで、水俣病は今なお継続中であることを世に訴えることができただろう。

問題があるとすれば、緒方さんたち被害者の方々のみならず、多くの『普通の日本人』の『ガス抜き』的役割を担うことになってしまうことではなかろうか。(明仁親王・美智子妃の本心は別として)

もっといえば、明仁親王・美智子妃の『仕事』は、本当ならば私たち一人ひとりの『普通の日本人』がやるべきことだったんじゃないか、ということである。


大都会・メトロポリタンとして栄華を誇る東京から遠く離れた辺境の地のことを黙殺し、言霊信仰の如く『何か悪いことを口にすれば悪いことが実現してしまう』ことを恐れるかのように『なかったこと』にしてきた私たち『普通の日本人』がそういう意味での『仕事』をやってこなかったツケが、今回のCOVID 19パンデミックで露見したのだとみるべきだ。

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