ツイッター観察記:『自己責任』というものについて
『なるほど。自己責任論の正体が分かった。なるほど。自己責任論の正体が分かった。— ロジ (@logicalplz) 2018年10月25日
命令によって動けば発生しないが、自らの意志によって動けば発生するもの。それが連中の言う自己責任だ。
言い換えれば、権力に従う者には発生しないが、そうでない者には発生するもの。
つまるところ、自己責任論は、権力に従わない者への脅迫だ。
命令によって動けば発生しないが、自らの意志によって動けば発生
言い換えれば、権力に従う者には発生しないが、そうでない者には
つまるところ、自己責任論は、権力に従わない者への脅迫だ。』
日本の自己責任論は、「共同体に迷惑をかけるな」が背景にあるから始末が悪い。個人より共同体を優先する者が多いから、倒産しかけた大企業を税金で支援することにを賛美したりする。— 管理人@いちゃいちゃNavi (@Flirting_navi) 2018年10月25日
『日本の自己責任論は、「共同体に迷惑をかけるな」が背景にある
『「自己責任」も「死んだら負け」も、自分自身の覚悟や心構えと「自己責任」も「死んだら負け」も、自分自身の覚悟や心構えとして本人が言うのはいいけど、他人が口にした途端、経済的・社会的に弱い立場の人や、意図せず失敗してしまった人や、病気や困難を抱えている人を突き放し、追い込み、切り捨てる言葉になるってことですよね。— 松本創 (@MatsumotohaJimu) 2018年10月28日
ツイッター上の「自己責任論」論は、相当に進んできた。— Norichika Horie (@NorichikaHorie) 2018年10月25日
要するに、これは共同体の権力に逆らうなら、生命という基本的な人権さえ諦めろというもの。服従するなら面倒を見る。と。
「服従しても失敗したらどうするんですか」「その責任は自分で負え。迷惑かけるな」というのは戦陣訓か新自由主義か。
『ツイッター上の「自己責任論」論は、相当に進んできた。
要するに、これは共同体の権力に逆らうなら、生命という基本的な
「服従しても失敗したらどうするんですか」「その責任は自分で負
『だから、もう共同体主義ですらない。小さな政府ならぬ小さな利だから、もう共同体主義ですらない。小さな政府ならぬ小さな利益共同体の命令に従わなければ自己責任、従っても権利の保障を求めるなら自己責任、近代以前の専制を「自己責任」といういかにも近代的個人主義を連想させる言葉で偽装したにすぎない。 https://t.co/euDOZg2jP4— Norichika Horie (@NorichikaHorie) 2018年10月25日
先般、自らの仕事のために赴いた数年間中東の地で不運にも己の意
が、当邦の近年の『お約束』というか『様式美(というにはあまり
それは、どうやら当邦のみに顕著な現象である、と言われているよ
参考までに、ある記事を紹介しておきたい。
https://blogos.com/outline/273
『このような発想が日本人に定着したきっかけとして挙げられるの
いまは「自助論」というタイトルで複数の訳が出ているが、もとも
やれば、できる。今でも当たり前のように語られるこのフレーズも
儒教的な倫理道徳に、西洋的な自助思想が乗れば「ちゃんとしてな
『日本の「向こう三軒両隣」というのは、助け合いの発想を示して
『「自己責任論」の否定は「努力の否定」になり、多くの人は受け
過去の類似の事態の当事者や災害の被災者、犯罪(とりわけ性犯罪
『権力に従う者には発生しないが、そうでない者には発生するもの
『これは共同体の権力に逆らうなら、生命という基本的な人権さえ
という『お上意識』のようなものや、儒教的道徳観とプロテスタン
少なくとも、武家政治や儒教や『武士道』の成り立ちまで遡って解
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