投稿

ラベル(『長安から北京へ』から)が付いた投稿を表示しています

『あした(パンデミック後)のために2020』 #covid19japan

この投稿をInstagramで見る Takehisa Matsuda (44)@FUK(@matsuda_take)がシェアした投稿 - 2020年 5月月7日午後9時13分PDT 1: 時に2020年。 世界は2019新型コロナウイルス(SARS-Cov-2) の伝播、そして感染症(COVID19)に戦慄し、 地球上の凡ゆる人々がパンデミックの当事者となり、 各々のやり方で向かい合うこととなった。 ウイルスは『空気を読む』とか『忖度』とかいう人間の集団( 特に企業やムラ社会などの狭い人間関係の集団) での処世術を嘲笑うかのように、接触・飛沫感染という形で、 大型客船や航空機という、20- 21世紀の人類社会の交易手段に乗っかる形で世界中に拡散してい った。 そして、 人間の集団の中で働くことを必要とする仕事や人間の集団であるこ とが重要なイベントに強いダメージを与え、特に持病がある人や( 国の中で相対的に)貧しい人々、 身体を使う労働者に犠牲を強いることとなった。 人によってはこのパンデミックを『戦争』と称した。 人の移動がウイルスの拡散をもたらしたことを考えると、『 都市封鎖』や航空/鉄道路線の減便/ 運休などの移動制限などの一種の『籠城戦』 を現代社会に強いることを考えると『戦争』 に例えて物事を解釈するのも(好むと好まざるに関わらず) 自然なのかもしれない。 2: 今回のパンデミックを『戦争』に例え、 人びとに防護策を取るよう訴え、人びとの生命/ 生活を守るべく政府があることを訴えたのは、フランスの大統領・ マクロンだった。 また、UKの首相・ ジョンソンは自らがCOVID19により一時自己隔離を伴う療養 を強いられたことを受けて『社会はある』 と彼が批判してきた社会保障制度の存在意義を認めるに至った。 ちなみに本邦は、 ・確定診断者(感染者)の掘り起こしのための対応の( 他国と比較して)弱さがみられること、特に市中感染対策の甘さ ・保健政策担当でなく、 経済産業政策の閣僚が特命担当大臣に就任した ・ かつての不況期に行われた地域振興券や旅行業などの業界団体支援 策を国民保護策...

食欲の秋:食うこと、食わせること

View this post on Instagram Takehisa Matsuda - Lifelogさん(@matsuda_take)がシェアした投稿 - 2018年 6月月27日午前3時01分PDT View this post on Instagram Takehisa Matsuda - Lifelogさん(@matsuda_take)がシェアした投稿 - 2018年10月月26日午前7時00分PDT 1:食べてもらうこと 見知らぬ他人に食事やそのサービスを提供する仕事は、ものすごくおそろしい。他人の口をこじ開けて、自分の手に掴んだ食べ物をねじ込んで、「ありがとう美味しかったです」と感謝されてお金をもらう…そんなことをどうやって仕事にするんだよ、あり得ないよ…と、今でもときどき考えて身震いします。 pic.twitter.com/3R32GdLEN3 — 一色登希彦 (@ishikitokihiko) 2018年8月24日 『見知らぬ他人に食事やそのサービスを提供する仕事は、ものすごく おそろしい。他人の口をこじ開けて、自分の手に掴んだ食べ物をね じ込んで、「ありがとう美味しかったです」 と感謝されてお金をもらう…そんなことをどうやって仕事にするん だよ、あり得ないよ…と、今でもときどき考えて身震いします。』( 2018/08/24) 以前なんとも無しに拝読した、漫画家・一色登希彦氏のこの投稿で 、飲食の仕事というものはよくよく考えるととてつもない仕事なの かもしれない、と改めて思わされた。 以前、筆者は北九州のある店で焼きカレーを頂いたことがある。 その時思ったことは、『毎日、料理の質を落とさず安定して客に出 すことは実はとても難しいことなんじゃないのか』 ということであった。 飲食店は長く事業を続けることが極めて難しい事業であると言われ ている。 老舗のお店であっても、経営者の生活自体が事業だけでは成り立た なくなりつつあるようである。 参考 https://news.yahoo.c...

聖者について

Takehisa Matsuda - Lifelogさん(@matsuda_take)がシェアした投稿 - 2018年 3月月31日午後10時53分PDT 2015年の初夏、フィリピンで筆者は当地の若い世代の人たちに英語 で天皇について簡単に説明してみた。 今思えば、(皇室内での『帝王学的』教育というものもあるのかも しれないが)私たちが皇室の構成員を『聖者』だと思っているもの として理解しなければ他人(特に外国人)に説明できないものだと いえばもう少し説明しやすかったかもしれない。 以前から、筆者は日本の天皇や皇室というものは私たちにとって『 聖者』なんじゃないか、と思っている。 司馬遼太郎が『人間の集団について』で触れている『聖者願望』と いうものを思い出してみた。 『「アジアには聖者願望というのがある」…苦力の生活は、人間以 下のものであった。…そういう状況の中で、苦力たちは聖者をつく るのである。…王のようなものを作ってたがいにそれに忠誠心を感 じ、感じることによって最低のくらしの中での形而上的な生き甲斐 をもとうとするのか、とも思えるが、…中国における理想の王とい うのは「無為ニシテ化ス」ということになっている。… 中国人のなかの願望の王というのは、聖人と同義語なのである。』 (人間の集団について・p71) 言われてみると、皇室に限らず、孫文然り、蒋介石然り、毛沢東然 り、ホー・チ・ミン然り、それぞれの国の人々にとって『聖者』な んだと思えば彼等の扱いがある程度は理解できるのではないか。 ところで、『聖者』が国の最高権力者である場合、どこかで『聖者 が間違えるはずがない』という発想に囚われてしまうのではなかろ うか。 そして、それが国家にとって、国民にとって害になるのではないか 。 当邦の人々は、国の『おえらいさん』『おかみ』が間違えるはずは ない、『おかみ』の恩恵で国民が生きていられる、 とどこかで思ってはいないか。 また、基本的人権は国民の義務を果たした『御恩』であるという感 覚、あらゆる福祉を『おかみからの施し』『捨て扶持』 という感覚で見ているのではないか、という印象を受けるのである 。 そして、国の父母たる国の最高権力者が、赤子たる国民に銃を向け るはずがない、赤子に暴力を振るうようなことはしない、とどこか で思っているの...

『いい時代』とは

Takehisa Matsuda - Lifelogさん(@matsuda_take)がシェアした投稿 - 2018年 6月月7日午後9時44分PDT 先日、コンビニで読んでみたある薄い本( 他のタウン情報誌と比べて、という意味で)に掲載されていた、 山崎拓のインタビューに思わず目を留めた。 筆者は雑誌の類は買うことが少ないが、 ネタの収集のために買った。 「政治に無関心でいられるほど、今の日本は平和で豊か」 「(デモについて)場合によっては集まらないかもしれない。 もっと楽しいことがいっぱいあるからね。ある意味いい時代。」( 『Open』vol.28 9ページより) という彼の言葉。 筆者とは思想信条はおそらく異なるだろうし、 もし所属する党派があれば彼とは異なる党派になるであろうが、 政治の世界に身を置いていた人間の言葉だけに、 妙な迫力というか説得力があった。 (余談だが、彼は『表舞台』 での活動の終盤に自らの醜聞で晩節を汚してしまい、 結果として国会議員の職を失った。近年は福岡市内( 主に南区近辺) でソフトボール関係の活動にも顔を出しているようであり、 タクシーに乗る時はいわゆる『流し』 の車に乗ることもあるようである。) たしかに当邦の皆さんは、 政治に関心を持てと言われてもなかなか縁遠いものだと思いがちだ ろう。筆者も例外ではない。 筆者はここ数年、主にツイッターやインスタグラムを通じて、 当邦の事情を相対化しようと努めるべく-- というか単に面白そうだと思っただけだが-- 韓国の政治や社会の出来事、 そしてそれらに対する韓国のユーザーの皆さんの反応をチェックし ようとしている。 そもそものきっかけは、崔順実ゲート事件の顛末や' 16年4月のセウォル号事件、 ソウル市内のロウソクデモからの文在寅政権誕生に至る流れである が、筆者にとって隣国であることをリアルで感じる韓国について、 日本語のフィルターを通さない形で知ってみようと思ったのである 。 韓国に住んだこともなく、 韓国の友人がいるわけではない筆者であるが、 韓国が今のところ徴兵制があるように『臨戦態勢』 にあるがゆえなのかもしれないし、李氏朝鮮時代や日本統治時代( 彼の国では『日帝』と呼ぶ)、 第二次大戦後の国家体制の変遷の過程で生じた多く...